思ったことを書いてみた
2004年6月18日 独り言「若いうちの苦労は買ってでもしろ」なんて言葉があります。私の若いころは、両親に言わせれば苦労から逃げていたそうです。楽な逃げ道、楽な選択。否定はしません。そう見えたのは、私がそんな行動しかとらなかったからでしょうから。そこには、自分の意思に基づいた行動がありました。たしかに今考えると、多少逃げ道を探していた感もありますが、そのときには間違いなく自分の意思でした。
その分、大人になった今が苦労しているかというと、そうでもないのです。たしかに苦労をすることもありますが、知らないこと、新しいことに挑戦すれば苦労をしないわけがありません。当たり前のことです。
むしろ、今は心の余裕が出てきた分、苦労を楽しめるようにもなったような気がします。努力をし、知らないことを理解することで己の限界を突き抜けられる喜び。どんな人間でも能力の限界というものは存在しないんだな、とつくづく感じます。自分の知らなかった才能に気付き、新しい世界を知り、その中でさらに新しい自分に出会える。「進化」とまでは言えなくとも、「個」としての成長をはっきりと感じます。
苦労の中で壁があったとしても、乗り越えて行ける人と、迂回路を探す人とでは当然かかる時間が違います。違いますが、到達する地点は同じです。むしろ、回り道をすることで見えなかった何かをしるチャンスがあるかもしれません。そうなると、回り道=無駄な時間とは言い切れません。もちろん、どちらの選択が正しいのかということも判断できません。
現在、色々な苦労をしている人も、少し落ち着いて、ゆっくりと周りを見てみるのもいいんじゃないでしょうか。そこで見えるのは、もしかしたら「見えない何か」にせかされて、判断のできなくなっている「自分」かもしれませんから。
その分、大人になった今が苦労しているかというと、そうでもないのです。たしかに苦労をすることもありますが、知らないこと、新しいことに挑戦すれば苦労をしないわけがありません。当たり前のことです。
むしろ、今は心の余裕が出てきた分、苦労を楽しめるようにもなったような気がします。努力をし、知らないことを理解することで己の限界を突き抜けられる喜び。どんな人間でも能力の限界というものは存在しないんだな、とつくづく感じます。自分の知らなかった才能に気付き、新しい世界を知り、その中でさらに新しい自分に出会える。「進化」とまでは言えなくとも、「個」としての成長をはっきりと感じます。
苦労の中で壁があったとしても、乗り越えて行ける人と、迂回路を探す人とでは当然かかる時間が違います。違いますが、到達する地点は同じです。むしろ、回り道をすることで見えなかった何かをしるチャンスがあるかもしれません。そうなると、回り道=無駄な時間とは言い切れません。もちろん、どちらの選択が正しいのかということも判断できません。
現在、色々な苦労をしている人も、少し落ち着いて、ゆっくりと周りを見てみるのもいいんじゃないでしょうか。そこで見えるのは、もしかしたら「見えない何か」にせかされて、判断のできなくなっている「自分」かもしれませんから。
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