ソードアート・オンラインの第3巻は、アインクラッドから舞台を移し、「アルヴヘイム・オンライン(ALO)」というVRMMOの世界で描かれることになったようです。

まぁ有名な話なんで簡単に書いちゃいます。

【SAOでのデスゲームをクリアしたキリトに待ち受けていたのは、最愛のパートナーであるアスナが目覚めていないという現実。
目覚めないアスナを見守る日々の中、SAOで戦友だったエギルからメールと共に1枚の画像が届く。非常に粗い画像ではあったが、被写体は目覚めを待つアスナと瓜二つ。
エギルからの詳細では、アルヴヘイム・オンラインというVRMMOで写された画像であるという。わずかな手がかりではあったが、真相を確かめるため、キリトは再びVRMMO、アルヴヘイム・オンラインの世界へダイブする】

といった感じですね。
物語の都合上、キリトはALOプレイヤーの最終目的地を目指す必要があるため、ある程度以上の強さが必要になります。SAOでは散々ビーターと呼ばれていたキリトですが、ALOではついに作者公認のチート級プレイヤーとなっています。
ALOではSAOのサーバーをコピーしているとの設定のようで、SAOのスキルを一部そのまま引き継いでいるキャラとなっています。
この設定に関してはしょうがないとは思いつつも、うーん。。。と唸ってしまう部分もあったりします。物語を進めるためにはしょうがない設定なのでしょうが、あまりにも都合がよいというか、同じような人がいないことにも違和感があったりします。
まぁ、面白ければいいので、そこはあまりこだわらないでおきましょう。

さて、SAOとALOの大きな違いは「空を飛べる」ことと「デスゲームではない」ということでしょう。まぁデスゲームじゃないのは当然と言えば当然ですが。
MMOには様々な乗り物や移動手段が存在します。移動にはリアルに時間がかかるため、そのような手段が用意されているのでしょうが、その中でも「空を飛ぶ」ということについては、リアルでもできないことであるため、非常に要望が高いと思います。
VRMMOは現実世界のように感じるゲームであるため、実際に空を飛ぶ感覚が得られるのでしょう。これは相当羨ましい。
SAOとALOが現実世界で遊べるとすれば、迷わずALOを選ぶと思うのです。誰だって空を飛んでみたいと思いますし。
ALOを始める動機となったことは悲しい現実からなのですが、物語中に数多く空を飛ぶシーンが書かれているのは、ゲームとしての楽しさの部分を強調したい作者の思いだったのかもしれませんね。
ALOは4巻で完結しますが、上中下の3冊くらいのボリュームで読んでみたい話でした。キリトの目的、物語の進行を考えれば早い段階でアスナを目覚めさせる、もっと言えばSAOの世界から脱却する必要があったので、2冊のボリュームになったのかもしれません。
実際に続刊でALOが舞台の物語も書かれていますし、だらだら書くよりもよかったのかもしれません。物語を作るのは、難しいものです。

第3巻ではアスナ救出のために、下地を整える場面までが描かれてます。
エンディングはちょっと反則じゃないかなぁと思ってしまった展開となっていますが、それは第4巻のレビューで書いてみましょうか。

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